「豪法の研究者小川富之氏、豪紙に誤りを指摘される」は誤報

当団体共同代表の小川富之が、あたかも誤報を流布しているかのような投稿がウェブサイトやSNS等で見られますが、それ自体が誤報です。

例えば、"法曹倫理委員会"という匿名の個人が作成したページの「反共同親権の小川富之氏、豪紙に豪州法の解釈の誤りを指摘される」(2021年12月14日)では、このように書かれています。

この小川富之氏の十八番とも言える主張が誤りであることが、オーストラリアの主要紙(シドニー・モーニング・ヘラルド)において指摘されました。該当部分の和訳は次の通りです。 "日本の離婚後単独親権制度の改正を阻止しようと運動している小川富之教授は、オーストラリアの共同親権法を引用している。小川教授は「オーストラリアはDV事件が起きた後、2011年に、2006年の法改正を元に戻した」と主張しているのだ。彼は今年の7月、東京新聞に対して「オーストラリアの2006年の法改正は子供達の生命や身体、健全な育成に脅威をもたらした。痛ましい失敗だった」と語っている。しかし、オーストラリア家族研究所のレビューによれば、2011年の法改正は、子供達を危険から守る必要性から、子どもの権利に置く重要性をほんの少し修正したものに過ぎない。"
豪シドニー・モーニング・ヘラルド『実子誘拐をめぐり対立する日豪』2021年12月14日

それに対し、実際の経緯や内容は以下の通りです。

オーストラリア「ヘラルド」紙の記事中の根拠自体が不正確であり、記事の該当部分の情報は誤りです。 
①この記事は小川に直接取材していない
②批判のために引用されている論文はオーストラリア家族研究所の見解ではない
その論文も実際には小川と変わらない説明をしている
④この記事自体、日本大使の山上氏から不正確・不誠実であると抗議を受け、直後に山上氏の抗議・反論を同紙は掲載している

以下で詳しく述べるように、この論文のから引用された文が小川の説明を否定しているとは全く読めません。
記事の執筆者は引用した論文をきちんと読んでいないこと、オーストラリアの法律の改正についての知識がないということをむしろ表していることになります。

不正確なヘラルド紙の記事

オーストラリアの「シドニー・モーニング・ヘラルド」紙に2021年12月14日にこのような記事が載りました。(タイトルの和訳:「“感情的に激化” 日豪が子どもの連れ去り(abductions)をめぐり対立」)
その内容は、オーストラリア駐在日本大使(山上氏)への取材や、当事者の親の声などが中心ですが、その中で、一か所だけ小川についての記述があります。(全体の和訳はこちら

訳:
オーストラリアの共同親権に関する法律については、日本の小川富之教授によって、日本が単独親権制度を変更することに反対する動きの中で引用されている。小川教授は、2011年、オーストラリアでは複数のDV事件発生を受けて、2006年までの法改正の内容を見直したと主張している。「オーストラリアの2006年の法律は、子どもの生命、身体、健全な育成を脅かす結果になりました」「2006年の法改正は手痛い失敗だった」と、語っていることが7月の東京新聞に掲載されている。しかし、オーストラリア家族問題研究所のレビューによると、オーストラリアにおける2011年法改正は、子どもの権利の強調を「ほんの少し」修正し、「子どもを危害から守る必要性をより重視する」もの、であることを見出している。 

原文:
Australia’s joint-custody laws have been cited by Japanese professor Tomiyuki Ogawa in his campaign to prevent Japan changing its sole-custody system. Ogawa has claimed that in 2011, Australia rolled back changes to its 2006 Act after incidents of domestic violence. “Australia’s 2006 law has resulted in a threat to children’s life, body and sound upbringing,” he told the Tokyo Shimbun in July. “The 2006 revision of the law was a painful failure.” But a review of the2011 amendments to the Act by the Australian Institute of Family Studies found that it modified the emphasis on the rights of the child “only a little” to give greater weight “to be given to the need to protect children from harm”.

①小川に直接取材したわけではない

この記事の該当部分は、Chris Zappone記者や Eryk Bagshaw記者が小川に直接取材したわけではありません。
「東京新聞にこんな記事が載っていて、そこで小川がこう言っている」(東京新聞の元記事へのリンク)と引用したものです。
(このことだけを見ても、記事の書き手の仕事のレベルが高くないことがわかります。)

そして、この記事の書き手2人は、その情報に対して「しかし、オーストラリア家族問題研究所の一つのレヴューによると2011年の法改正の見直しは、子どもの権利の強調をほんの少し修正し、子どもを危害から守る必要性をより重視するものであるとなっている。」と書いて、小川の主張を否定しようとしています。
 上述のウェブサイトの発信や、そのほかのSNS発信などでは、この一文だけを根拠に、オーストラリア家族問題研究所が否定しているとして見ています。

②「オーストラリア家族問題研究所」の見解ではない

しかし、この記事がリンクをつけている引用元に行ってみると、それは「オーストラリア家族問題研究所」の見解などではなく、a review(一人の研究者の論文)に過ぎません
例の一文は、同研究所が出しているジャーナル「Family Matters」誌(2013 No.92)に掲載されたシドニー大学Patrick Parkinson教授の論文 “Violence, abuse and the limits of shared parental responsibility(暴力、虐待と共同親権の限界)”(2012年6月26日の講演を手直しして掲載したもの)の中の一文を引用したものです。

③当の論文も小川の説明と変わらないことを言っている

更に重要なのは、引用された論文の「…2011年の法改正の見直しは、子どもの権利の強調をほんの少し修正し、子どもを危害から守る必要性をより重視するものであるとなっている。」という文章の前の文から読むと、小川の説明とあまり変わらないことを述べている点です。
訳:
暴力や虐待がない場合は共同親責任を支持するという前提がその法律の推定される結果として最大のものです。しかし、もし親責任が分担され続けるのであるならば、共同養育を考慮し、積極的にそうするよう、少なくとも法律で強く奨励されています。
2011 年の法改正は、この強調(※問題がなければ共同養育の積極的導入を強く推奨すること)が少し修正されただけの改正である。平等な時間、実質的な時間、重要な時間を考慮するという要件は残っているが、どのような取り決めが子どもの最善の利益になるかを評価する際、両方の親と有意義な関係を持つことが子どもにもたらす利益よりも、子どもを害から守る必要性の方に大きな比重が置かれることになった。

原文:
The most that the legislation imposes by way of presumed outcome is a presumption in favour of equal shared parental responsibility in the absence of violence or abuse. However, if parental responsibility is to continue to be shared, then there is at least strong encouragement in the legislation to consider shared parenting, and to do so positively (Goode & Goode(2006) FLC 93–286). The 2011 amendments to the Act modify this emphasis only a little. The requirement to consider equal time and substantial and significant time remains, but in the evaluation of what arrangements are in the best interests of the child, greater weight is to be given to the need to protect children from harm than to the benefit to the child of having a meaningful relationship with both parents.
2006年改正法までは、「DV虐待がないのであれば共同養育積極導入、だったのが、2011年の改正からは、むしろ子どもを害から守る必要性を考慮する方に大きな比重が置かれることに変わった。」という話なのですから、小川の説明と変わりません。
「少し修正されただけ」という表現は、「法の他の要素の部分はそんなに改正されていなくて、この、より虐待やDVのリスクに配慮する点の重心だけが変わった」と述べているように読めます。
もちろん、日本の研究者、小川の発言を直接とりあげるような記述ではありません。
論文中では、ここでこの節は終わります。
以降の節では、DVや虐待の問題、それ以外にも、どのように安全性を評価するかなどについてのデータや議論の紹介に多くのページが割かれています(例えば一度も一緒に暮らしたことのない別居親がかかわるのはあり得ないことなどにも言及されています)。
そして、この論文の結語部分では、「子や主要な養育者に重大な危害が及ぶ危険性がある場合、修復不可能な対立がある関係、子がシングルマザーと生活を始めた場合などは、継続的な共同養育関係を維持しようとするより、旧来の単独親権の規範がより適切であると思われる。」と書かれ、別居親がかかわれるようにすることと、DVや虐待、そのほかの安全性のリスクから子を守ることのバランスをとった制度が大切だと結ばれています。

こうみていくと、この論文から引用された文が、小川の説明を否定しているとは全く読めません。
記事の執筆者が論文をきちんと読んだりしていないこと、オーストラリアの法律の改正についての知識がないということをむしろ表していることになります。

④山上大使による記事への抗議・反論

豪「ヘラルド」紙の記事に対し、山上大使からの抗議と反論の記事が数日後に同紙には掲載されました。

Japan’s Ambassador to Australia defends child custody laws(原文/全文和訳
駐オーストラリア日本大使、子どもの監護権に関する法について反論(2021年12月17日)

この反論記事には、
・事実を誤認し、誤った表現によって、元記事は扇動的なものになっていること
・日本がハーグ条約を含む国際規範を軽視しているとほのめかす不誠実なものであること
・具体的なデータを用いて、日本では子の最善の利益を追求するため、親の国籍に関係なく、すべての子どもの連れ去りのケースに公正かつ衡平に対処することが方針であり、それが確立した慣行であること
・山上大使ご自身が離婚経験者で息子を元配偶者に連れて去られた経験がある中、「子の拉致(abduction)」という言葉を使うことに異議があること

などを説明されています。